役員会議室。プロジェクターに映る「DX推進計画」の文字。深いため息。社長の腕組み。経理部長のつぶやき。「うちにIT人材いないんで、無理ですよね」。会議室に流れる沈黙。
役員の視線、テーブルの上。誰も口を開かない。窓の外の街並み。コーヒーが冷めていく。
「結局、外注しかないか」と総務部長。社長が頷く、力なく。「IT人材がいないからDXは無理」——この言葉、あなたの会社の会議でも聞いたことはありませんか?多くの中小企業で、DXの議論はここで止まります。
しかし、山形県米沢市の建設会社が、その「常識」を完全に裏返しました。本稿では、従業員130名・IT人材ほぼゼロから始まり、自作アプリ3,000個・人時生産性37%向上を達成した株式会社後藤組の事例を、経営者がそのまま自社に転用できる5つの秘訣として整理します。
130人の建設会社が、なぜ3000アプリを作れたのか
まず数字を整理しましょう。後藤組は1944年創業、資本金9,685万円、従業員約130名の総合建設業です。土木・建築のBtoB、注文住宅・不動産・リフォームのBtoC、いずれも地域密着型。ITの専門部隊は当初ゼロでした。
そんな会社が、2019年に「全員DX」を掲げ、現場の社員自身がノーコードツール「kintone」を使って業務アプリを内製。累計3,000個を超える業務アプリを作り上げました。結果、2024年度の人時生産性は前年比+37%、残業時間は前年比-12%。2025年3月27日、経済産業省「DXセレクション2025」でグランプリを獲得しました。
130人の会社で、3,000アプリ。1人あたり約23本。全員が「自分の仕事を楽にする道具」を作り続けた計算です。
たとえるなら、社員一人ひとりが自分専用の工具を毎月発明している町工場。これが、いまの後藤組の風景です。あなたの会社で、現場社員が「自分の業務アプリ」を作っている姿、想像できますか?
秘訣1:「楽になった分は、サボっていい」
最も衝撃的なのは、後藤茂之社長の口から出たこの一言です。「アプリを作って業務が楽になった分は、サボっていい」。普通の経営者なら「楽になった時間で別の仕事を増やせ」と言いそうな場面で、社長は逆を行きました。
これは単なるリップサービスではありません。人間は「自分の取り分」が見えないと、改善に動きません。手間を減らした成果を取り上げられたら、誰も次を作りません。社長はそれをわかっていました。思い当たりませんか?「DX推進」と号令だけかけて、現場が冷めていく多くの会社の風景に。
報酬設計はシンプル。「楽になった分の時間は、自由に使っていい」。これが現場が動く心理的インセンティブになりました。
秘訣2:毎月1個、賞与と連動
後藤社長はトップダウンで「毎月1個、どんなものでもいいのでアプリを作ってくる」と指示しました。さらに、毎月のアプリ作成有無を賞与と連動させたのです。
ここがポイント。「やってもいい」ではなく、「やらないと困る」仕組みに変えたのです。目標と評価をセットで設計する——これは経営の基本ですが、DXでこれをやれている会社が、どれほど少ないか。
「うちの会社は『DXやろう』とは言っているが、評価制度に組み込めていない」——この状態の会社、多いのではないでしょうか。号令だけでは現場は動きません。お金とポジションが連動した瞬間に、文化は変わります。

秘訣3:ノーコードkintoneで「IT人材ゼロ」を突破
「うちにエンジニアがいない」という言い訳を、後藤組はノーコードツールで蹴飛ばしました。使ったのはサイボウズの「kintone(キントーン)」。プログラミング知識がなくても、画面上でドラッグ&ドロップするだけで業務アプリが作れるツールです。
たとえるなら、家具を自分で組み立てるIKEA方式。説明書通りにパーツを組めば、誰でも本棚が完成します。kintoneも同じで、テンプレートと部品を組み合わせて自分の業務に合うアプリを作れます。「専門家でなければシステムは作れない」という前提が、もう古いのです。
月額1,500円〜(ライトコース)。100人で月15万円、年間180万円。これで「全員エンジニア化」が可能。コスト面でも、もはや言い訳できない水準です。
秘訣4:「二重入力をなくす」が転換点
毎月1個のアプリ作成が3カ月続いた頃、後藤社長は次の指示を出しました。「二重入力をなくすアプリを作れ」。これが、後藤組のDXを「1から2」へ加速させる最大の転換点になります。
二重入力——同じデータを別のシステムに何度も入力する作業。営業日報を紙で書き、Excelに打ち直し、勤怠管理に転記する。多くの会社で、社員時間の何割かが、この「データの転記」に消えています。これをなくすだけで、生産性は劇的に上がります。
経営者の役割は、「現場のどこに無駄が積もっているか」を言語化して提示すること。指示が抽象的なら現場は動けません。「DXを進めろ」ではなく、「二重入力をなくせ」——ここまで具体化して初めて、現場は動き出します。
秘訣5:「自作アプリ」を商品化する次の一手
後藤組はいま、自社で開発したアプリを他社に提供する事業にまで踏み込んでいます。建設業のために自社で作ったアプリが、同じ業界の他社にも刺さる。自社のDX投資が、新しい収益源になります——この流れは、製造業・小売業・物流業でも全く同じ構造で起きています。
少し脱線しますが、私が以前関わった食品メーカーで、社内用に作った在庫管理ツールを取引先に渡したら「これ売ってくれませんか」と言われた事例がありました。自社の困りごとは、同業他社の困りごと。これは業種を問わず成立する経験則です。
DXは「コスト削減」だけではありません。外販によって新しいキャッシュフローを作る武器にもなります。あなたの会社で、社内用に作っているExcelやスプレッドシート——他社に売れる可能性、検討したことはありますか?

では、あなたはどう動くか——今週やる3つのこと
後藤組のやり方は、特別な才能で成立したものではありません。仕組みと評価設計の問題です。あなたの会社で今週始められることは、次の3つ。
- 対象ツールを1つ決める:kintone・Microsoft Power Apps・Notion・Google AppSheetなど、ノーコードツールを社内標準として1つだけ選ぶ
- 「毎月1個」ルールを試す:管理職5名に、まず3カ月限定で「自分の業務を楽にするアプリを毎月1個」作るタスクを与える
- 賞与・評価への組み込みを設計する:3カ月後、続ける場合は評価制度に正式組み込みする
エクセルでもA4一枚でいい。来週月曜の朝までに、この3点を経営会議の議題に乗せてください。社員数100人未満の会社でも、十分始められます。
注意点——ノーコードDXの落とし穴
ただし、楽観論だけで進めるのは危険です。ノーコードで作ったアプリは個別最適に陥りやすく、全社で「乱立」しがち。後藤組も、専任のDX推進チームを置いて棚卸しと統合を続けています。
導入半年後あたりで「アプリの整理ルール」を決めること。作るより、捨てる勇気の方が難しい——これは現場が痛いほど知るべき教訓です。
引用元・参考資料
- 経済産業省「DXセレクション2025を選定しました」(2025年3月27日)
- 株式会社後藤組「『DXセレクション2025』グランプリを受賞」(2025年3月31日プレスリリース)
- ITmedia ビジネスオンライン「「楽になった分は、サボっていいよ」 老舗建設社長が社員にアプリ3000個自作させたワケ」(2026年2月26日)
- J-Net21「DXセレクション2025 グランプリに後藤組を選定:経済産業省」(2025年3月)
- 後藤組公式サイト「DXセレクション2025 グランプリを受賞しました」
複数社を運営する経営者。上場企業の代表者取締役経験もあり。自らも様々な事業を手掛ける一方で、多数の会社の支援も行う。AIがもたらす経営のインパクトは巨大。だからこそ組織でのAI活用方法を提案したい。