朝の経営会議。スクリーンに映る、第3四半期のROIレポート。「生成AI導入プロジェクト:投資回収未達」。担当部長の咳払い。役員陣の沈黙。社長が一言。
「これ、結局なんで成果ないの?」
会議室の空気が固まる。3年前、この会社は鳴り物入りでChatGPTを導入した。全社員にライセンス。研修も実施。なのに業績への影響がほとんど見えない。
これ、思い当たりませんか?
経済産業省も日経も「AIで生産性向上」と煽り、社長は飛びつきます。担当者は懸命に展開します。なのに、数字が動きません。この現象、いま日本中の経営会議で同時多発的に発生しています。
そして、その答えを今年4月、ガートナージャパンが提示しました。「足りないのはツールじゃない。”AI筋肉”だ」と。
ガートナーが断じた「ROIが出ない本当の理由」
事実を整理します。2026年4月21日、ガートナージャパンは「企業が生成AIによる生産性向上を実現するための指針」を発表しました。
多くの経営者や企画部門は、生成AIを導入すれば、比較的短期間で生産性向上が実現できると期待していますが、導入が始まって既に2〜3年が経過した現在、「期待したほどのROIが出ていない」という声が国内外で聞かれるようになっています。
(ガートナージャパン プレスリリース 2026年4月21日)
ここで、ガートナーは強烈なメッセージを出しました。
「生成AIによる生産性向上は、テクノロジを導入すれば直ぐに実現できる問題ではない」。
つまり、ライセンスを買って配るだけでは何も起きないのです。
そして決定的な指摘がこちら。「習熟までの期間においては生産性が一時的に低下する可能性がある」。
これ、ぶっちゃけ衝撃ではないですか?
経営者は「AIを入れた瞬間から効果が出る」と思い込んでいます。しかし現実は、入れた瞬間からむしろ生産性は下がります。なぜか。慣れていないから。試行錯誤するから。間違うから。
この「ディップ(くぼみ)」を超えた先にしか、本当の生産性向上はないのです。

“AI筋肉”とは何か——3秒でわかる比喩
ガートナーが提唱した最重要キーワードが「AI筋肉(AIケイパビリティ)」です。
これ、実によくできた比喩です。少し例え話をさせてください。
ジムに通い始めた人を想像してください。月会費を払う。器具を買う。ウェアも揃える。しかし、初日から重いダンベルを持ち上げられるわけではありません。最初は軽いダンベルから始めて、フォームを覚え、回数を増やし、徐々に重量を上げていきます。
3か月、半年、1年。続けてようやく筋肉がつき、体が変わります。
AIも全く同じだとガートナーは言っています。ライセンス(ジムの会員証)を買うだけでは何も変わりません。日々、業務の中で「使ってみる→失敗する→修正する→慣れる」を繰り返して初めて「AI筋肉」がつきます。
そして経営者・人事の側は、「筋肉をつけるための環境」を整えなければなりません。具体的には次の3つです。

AI筋肉を鍛える、3つの設計
ガートナー指針から、今すぐ経営者が打てる3つの手を提示します。
設計1:習熟期間の生産性低下を「予算化」する
新しい筋トレを始めると、最初の数週間は筋肉痛で動けなくなります。AIも同じ。最初の3〜6か月は「学習コスト」として生産性が下がる前提で計画することが必要です。
具体的には、全社員のAI習熟期間として年間労働時間の3〜5%を予算計上します。たとえば従業員100人なら、年間6,000時間〜10,000時間を「AI慣れ時間」として確保する設計です。
これを「投資」と捉えるか、「ムダ」と捉えるか。ここで企業は分岐します。
ぶっちゃけ、ROIを出している企業は全員、この期間を投資として計上しています。出ていない企業は、業務時間内に「ついでに使う」体制で済ませようとして、結局誰も慣れません。
設計2:個々人の「WILL」を引き出す仕掛け
ガートナーは強調しています。「個々人が自らのWILL(意思)によって試行錯誤する過程が不可欠」だと。
つまり、上から「AIを使え」と命令しても筋肉はつかないのです。
ジム通いも同じ。「強制された人」は3か月で辞めます。「自分の意思で来る人」だけが続きます。
WILLを引き出す具体策は3つ。
- 小さな成功体験を週次で共有する場をつくる(「今週、AIで2時間浮いた」レベルでOK)
- 失敗事例を称賛する文化をつくる(試したことを評価、失敗を罰しない)
- トップが自分で使っている姿を見せる(社長が会議の議事録をAIで作る等)
特に3つ目、効きます。社長が「自分は使ってない」のに「お前らは使え」では、絶対に組織は動きません。
設計3:「AIと人間の役割分担」を再設計する
ここが一番難しいテーマです。そして、一番効きます。
ガートナーは指摘しています。「AIと人間の役割をどのように再設計するかという経営課題」だと。
つまり、AIに何を任せ、人間が何を残すか。これを部門ごと、職種ごとに明文化する必要があります。
たとえば営業部門。
- AIの担当: メール下書き、議事録、提案資料の初稿、顧客分析、過去案件の検索
- 人間の担当: 関係構築、価格交渉、クロージング、信頼の醸成
これを書き出すだけで、現場の動きは変わります。なぜか。「AIに任せていい」ことと「自分でやるべき」ことが明確になるからなのです。
少し脱線しますが、先日ある人材会社の役員と話したとき、面白い言葉を聞きました。「うちの若手、AIに任せていいかどうかをいちいち上司に聞きに来る。でも上司も答えられない。だから誰もAIを使わなくなる」。
役割分担を上が決めない組織は、こうやって停滞していきます。
注意点 — 筋肉は一気には育たない
ここまで「鍛えろ」と煽ってきましたが、一点だけ冷静に。
筋肉は1日では育ちません。同じく、AI筋肉も短期間では育ちません。ガートナーが「2〜3年経過しても期待ROIが出ない」と指摘した通り、これは年単位の戦いです。
短期で成果が出ないことを、経営層が「失敗」と判断してプロジェクトを止めると、もう取り返しがつきません。
逆に、3年・5年と続けた企業は、競合に対して圧倒的な「AI格差」を築きます。これがGartnerの言う「AIケイパビリティ=AI筋肉」の本質です。
5年後、AI筋肉のある会社か、ない会社か
最後に問いかけさせてください。
5年後、あなたの会社は”AI筋肉ムキムキ”の状態ですか?それとも”運動不足”のままですか?
筋肉がある会社は、新しいAIが出るたびに素早く吸収して使いこなします。筋肉がない会社は、毎回ゼロから「ライセンス導入→失敗→撤退」を繰り返します。
差は、この瞬間からどう動くかで決まります。
社長が今夜、自分のメール返信をAIに任せてみる。それが、組織のAI筋肉トレーニングの第一歩なのです。
引用元・参考資料
- ガートナージャパン「企業が生成AIによる生産性向上を実現するための指針」(2026年4月21日プレスリリース)
- 日本経済新聞「ガートナージャパン、企業が生成AIによる生産性向上を実現するための指針を発表」(2026年4月)
- EnterpriseZine「組織が生成AIを使いこなすためには「AI筋肉」の形成が必要──Gartner発表」
- JBpress「AIのお試し期間は2025年で終了、2026年に顕在化する5つのトレンド」(2026年)
複数社を運営する経営者。上場企業の代表者取締役経験もあり。自らも様々な事業を手掛ける一方で、多数の会社の支援も行う。AIがもたらす経営のインパクトは巨大。だからこそ組織でのAI活用方法を提案したい。